世界を席巻する二刀流・大谷翔平選手。
野球の実力はもちろん、スーパースターになっても礼儀正しく、けっしておごることのないその人間性も高く評価されていますね。
そんな大谷選手を育てた両親ってどんな人なのか、気にならないですか?
今回は、大谷選手のご両親の現在の職業や身長、大谷家の子育ての方針などをまとめてみました。
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両親はどちらも元アスリート
超一流になっても天狗になることなく、世界中のファンに愛されている大谷選手。
いったいどんな両親に育てられたのか、見ていきましょう。
父・徹さん
父親の徹さんは1962年生まれ。2024年で62歳になります。
身長は183cmとかなりの高身長!
「三菱重工業横浜」でプレーをしていた元社会人野球の選手です。
この三菱重工業で、妻・加代子さんと出会いました。
大谷選手が野球を始めるのと同時に、リトルリーグ「水谷リトル」のコーチを志願。
指導者として一緒に野球をし、メジャーリーガー大谷翔平の野球選手としてのベースを築きました。
この「指導者と選手」という関係は、中学卒業まで7年間続くことになります。
徹さんについては下の記事でも詳しく紹介しているので、あわせて読んでみてください▼
母・加代子さん
母親の加代子さんは1963年生まれで、2024年は61歳になる年です。
身長は170cmと、こちらも高身長!
小5から始めたバドミントンでは、神奈川選抜に選ばれるほどの実力者でした。
バルセロナ五輪代表で、現キャスターの陣内貴美子さんと対戦したこともあるそうです。
少年時代の大谷選手ともよくバドミントンをしていて、その肩甲骨の柔らかさについて語っています。
可動域が広いので、スピードが出る。ある時、肩甲骨を背中に寄せさせて手を入れてみると、10cmほど埋まった。
『天才を作る親たちのルール』(文藝春秋)
大谷選手の投手としての才能に、早くから気づいていたのは加代子さんだったのかもしれません。
兄と姉の存在
大谷選手には、7つ年上の兄・龍太さんと2つ年上の姉・結香さんがいます。
家族構成はこちら。
- 父・徹さん
- 母・加代子さん
- 兄・龍太さん
- 姉・結香さん
- 大谷翔平選手
大谷選手は5人家族の末っ子ということです。
兄・龍太さんは現在、社会人野球チーム「トヨタ自動車東日本」で外野手兼コーチとして活躍されています。
姉の結香さんは看護師として独立し、ご結婚もされました。学生時代は、バレーボールに打ち込んでいたそう。
大谷家は、まさにアスリート一家だったんですね。
両親の現在の職業は?
ご両親は現在どんな職業に就いているのでしょうか?
徹さんは勤めていた会社を辞め、地元で有志のシニアチーム「金ヶ崎リトルシニア」を結成。
現在は、そこで監督業をされています。
第二の大谷翔平を育てるべく、少年たちの指導に熱を上げているそうです。
加代子さんは2018年、大谷選手が渡米するタイミングでパートを辞めて主婦業に専念。
現在は、大谷選手の食事など生活全般のサポートをしているそうです。
大谷家の教育方針って?
明確な子育てのルールはなかった
野球選手としてだけでなく人間的にも魅力たっぷりで、いまや「理想の息子」ともいえる大谷選手。
誰もが知りたがる子育てのルールのようなものはあったのでしょうか?
加代子さんは
どうやって育てたのかとよく尋ねられるのですが、私たちには子育てのモットーなんてなかったし、家訓もありませんでした。
子供たちが可愛い、可愛いと思いながら接してきただけ。
『道ひらく、海わたる』(扶桑社)
と言います。
教育方針などなくとも、お二人とも日々愛情を注ぎながら子供たちと向き合っていたんですね。
それでも、夫婦間での決め事はあったようです。
子供の人生に口を挟まない
夫も私も子供の人生の選択には口を挟みません。もちろん相談されれば意見を言うつもりでしたが、子供たちは3人とも自分で道を決めています。
『天才を作る親たちのルール』(文藝春秋)
高校を花巻東に選んだ時も、メジャーか日本球界かで揺れたプロ入りの時も。
大谷選手は、最終的にはいつも自ら決断をして進む道を決めてきました。
自分で結論を導き出すからこそ、一つ一つの行動に責任を持つことができる。
「子供の意思を最大限尊重しながら、必要な時はそっとサポートする」
ご両親のこの考え方は、二刀流という誰もなしえなかった道を進む大谷選手にとって、心強いものになったことでしょう。
夫婦喧嘩をしない
徹さんと加代子さんは、表立って夫婦喧嘩をしなかったそうです。
夫婦が言い争いをしていると、子供たちは親の顔色をうかがうようになるもの。
子供たちが家の中で自分の話したいことを話せない空気にならないよう、2人で気を配っていたんですね。
大谷選手は小さい頃から
メジャーへ行く
160km/h投げる
と臆することなく口にし、のちに本当に実現していきました。
子供が何でも話せる環境を両親が整えてくれたからこそだったのかもしれませんね。
父と息子をつないだ野球ノート
父・徹さんと少年時代の大谷選手との関係を語るうえで、欠かせないのが「野球ノート」の存在。
徹さんがその日のアドバイスを書き、大谷選手が反省や課題を記す、いわば野球交換日記のようなものでした。
大谷選手の野球への考え方の基礎を育んだこのノートは、小学5年生まで続けられたそうです。
徹さんが大事にしてほしいと常にノートに記していた3つの教えがあります。
- 大きな声を出して、元気よくプレーする
- キャッチボールを一生懸命に練習する
- 一生懸命に走る
「野球をやっていく以上は、この3つのことを大事にしながら進んでほしい」という徹さんの思いからでした。
大谷選手は「この教えはどのステージに行っても言われ続けること」と、今でも3つの教えを覚えているそうです。
父の思いは、プロになった大谷選手の胸にもしっかり刻まれていますね。
まとめ
大谷選手の両親について見てきましたが、いかがだったでしょうか。
- 父・徹さんは社会人野球を経て、今はシニアリーグの監督
- 母・加代子さんは元バドミントン選手で、現在は主婦として大谷選手のサポート
明確な子育てのルールはないものの、口出しはしない・夫婦喧嘩はしないなど、子供たちがまっすぐに育ち、自立できる環境を整えていたのがわかりますね。
そんなご両親のもと、超一流へと登りつめた大谷選手。
今シーズンも、その活躍から目が離せないですね!
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